私が自然農法を始めた理由
今では自然農法は私の生活の一部になっていますが、以前からそうだったわけではありません。
もとより変人で、少し変わった人生を送っていた私に、コロナ渦のころ人生を考え直す転機が訪れました。
自由気ままな島暮らしから
16のころからバイクでふらふらと日本を旅していた私は、17歳になったころに小笠原諸島・母島へ旅の一つとしていきました。
母島は、私が幼いころから「いつか住んでみたい」と恋焦がれていた島です。
そんなわけで旅の途中にちょっと寄ったつもりが日ごとに母島への愛が大きくなるばかり。もうこれは本州に帰れないなぁと思い、そのまま単身移住を決め、実家を出て母島で働き始めました。
母島での日常は穏やかで優しくてなによりも、大好きな地に住めるというのがとてもとても嬉しく、つらいことがあっても母島の自然に癒され愛されてきました。
今思えば、17歳の右も左も社会常識もわかっていない小生意気な小娘を大事にしてくれた母島の皆さんには感謝しかありません。
そうしてその後の青春時代6年間母島で過ごしました。
家族を守れる人間であるためにできることってなんだろう
たくさんの友人や優しい人たちに囲まれ幸せに社会人として島人として生きていましたが、大人になるにつれ、家族の大切さが身に染みるようになりました。
もっと家族と過ごす時間を増やしたいという思いから始まり、どうしたらこの先家族を支えていけるだろう、中卒で何の資格も特異な能力もない自分に、どうしたら家族を守れるというのだろうと考え悩んでいました。
最初は、たくさんお金を稼げるようになればきっと家族を守っていけると思い、当時勤めていた建設会社で出世するため、現場代理人を目指して資格取得や勉強など頑張っていました。
しかし、コロナ渦や不安定な世界情勢の中、たくさんのニュースを自分なりに分析して考えていくと、近い将来食べ物を手に入れるのが難しくなるのでは、と考えました。
そこでようやく、やっと、やっと閃いたのです。
自分で食べ物を作れば家族を守れるんじゃないかと。
まずは食べること、それが生きること
この星に存在する限り、何かを摂取してそれをエネルギーに変えて生きていかなければなりません。
これは人に限らず猫でも犬でも虫でも魚でもそうです。この星に生きているすべての生き物が、何らかの形でエネルギー源、つまりは食事をとって生きています。
生きることとは、食べること。
食べることとは、この星に生きるものからエネルギーを頂戴して、そしてこの体内で共に歩んでいくこと。
食べることの重要性が分かったのです。
先祖代々の土地を父と共に
しかし重要性が分かっても決断には時間がかかってしまい、家族の元へ帰らねばと思い立ってから実に二年以上も母島に居座り続けていました。それほどまでに離れ難い大切な場所だったのです。
結局、踏ん切りをつけて母島を出たのは2023年1月のことでした。
島から戻った私は喪失感のあまり抜け殻のようになってしまいそうでした。が、念願だった家族のそばに居られるということが抜け殻一歩手前の私を支え続けてくれていました。
しかし、ノープランで帰ってきてしまったものですから家もなければ貯金も職もない。なんとも心もとない状態で数か月過ごし、春を迎えるころに仕事と家とそして、畑を見つけることができました。
ちょうど同じころに、父も私と似たような考えから畑を始めており、そこを二人で耕そうと誘ってくれたのです。どうしたら家族に負担をかけずにこちらでの生活・農業をできるのだろうと悩んでいた私にとって、結局先祖の土地に厄介になるとは何とも不思議な感覚でした。
自然農法との出会いは、父から
父に、畑を共に始めるにあたって簡単なルールがあるといわれたのが、今思えば我が家流自然農法の掟だったのだと思います。
- 極力、プラスチック用品は持ち込まない
- 耕す前に土に挨拶する(ミミズさん、百足さん、失礼します。等)
- 草は抜かない、草は刈り取ること
- 草は燃やさない、草は寝かして肥やしにすること
- 人工の肥料は入れない。畑に存在するものだけで運営すること
- 水やりはしない。自然の掟に従った強い農作物を作ること。
- 自家採種をすること。去年よりも畑にあった農作物を作っていくこと
このようなルールを提示され、なるほどナイスアイデア!と意気投合し二人で自然農法の道を互いに我流で歩み始めました。
春は息つく間もなく、夏は三途の川を目前にする
畑を耕すものにとって、春というのはとても忙しいものです。
未開拓の地を耕して畝を立て、種をまいて苗を育てなければなりません。
おまけに私にとっては本州での新生活の始まりでもあり、引っ越しや慣れない転職先での激務などもうそれはそれは慌ただしい春でした。
春は待ってくれない
前年まで荒れ地となっていた畑において、計画を立て畝の割り振りを決め、実際に鍬一本で耕していくのは不慣れな人間にとっては大変きつい仕事でした。
しかし春は待っていてはくれません。
どの植物にも植える・蒔くのに適した時期があります。そこを逃さないように前もって畝建てを行うのです。
夏に畝建てはよしたほうが良い
結局のところ、春の間に畝建てが完了することはなく、まだまだ畝建てを行う必要がありました。
たとえ35度の猛暑日であっても、土日の休みの日は畑へ早朝から繰り出しフラッフラになるまで畝を起こしていました。(このころは非常に効率の悪い畝建てをしていたのでとても時間がかかっていたのです)
何度か熱中症一歩手前までいってしまった私から言わせれば、「夏に畝建てはするな」です。涼しい時にやったほうがぜっっったい良いです。
穏やかな秋が過ぎ、静かな冬を迎える
てんやわんやな自然農法の始まりでしたが、秋になると落ち着きを見せてきます。
メインの作業は植え付けや草刈りなどではなく収穫や片付けになってきて、「あら、なんだか楽だわ。」と畑始めて以来の心境に至れます。
そして冬になるともうウッキウキです。今度は夏~秋に収穫した野菜たちの種取り、そして次の春へ向けての準備をのんびり行うのです。初めて畑でのんびりぼーっとできる時期を迎えることができました。
自然農法の魅力って結局何?
私の思う自然農法の魅力は、収穫が楽しみなことのほかにもいくつかあり、生活に溶け込み四季を愛しみ、自然との交流を楽しむことだと思っています。
野菜を収穫すると生活が楽しくなる
料理が好き、美味しいものが好きという人なら共感できるのではないでしょうか?
自分で土から耕して苦労して作った野菜を収穫し、料理した時にはやはり並々ならぬ感動と誇らしさがあります。
早く絹さやの時期にならないかなとか、今年はもっと茄子がとれるといいなとか、じゃがいもたくさん採れたらなにの料理を作ろうかとか、わくわくが増えていくのが畑のある暮らしの良いところです。
生活に溶け込む自然農法の畑
なんだか自然農法で畑、とか言い出すと大掛かりなことに感じる人もいるかもしれません。実際私も畑を始めるとき、仕事や家事と両立ができるのかと不安に思うことはありました。
しかし、実際始まってみると畑は自分の生活の一部となり、自分の家の延長線上にある場所、みたいな感覚になってきます。ちょっと離れてるところにある家、のような感じですね。言うなれば別荘でしょうか(多分それは良く言いすぎ)。
休みの日に朝起きて畑へ行くのがだるい?
そんなまさか。早く畑へ行ってみんな(野菜たち)の顔が見たくなりますし、なんなら仕事が早く終わった日にはその足で畑へ通うくらい自分の生活の一部になっています。
四季のある日本に生まれたことを感謝
畑で自然を相手に過ごしていると、四季の移ろいに無関心ではいられません。
梅雨が来る前に土いじりを済ませなければいけないし、夏は三日ほど畑を空けると畝の上まで草がボーボーになり唖然とすることもあります。
自然農法の畑には、その時期にしかできないことというのがあるので、そこのところを大事にしていく必要があります。
自然農法の醍醐味:自然との交流
自然農法=自然との交流といってもいいほど、これが一番大きなところになってきます(私の主観ですが)。
自然というのは人間のように言葉で会話できるものではありません。
も~ええ加減雨降ってよ~と晴れ続きで干からびた畑から天を仰いでも平気で一か月以上雨が降らないことも多々あります。
も~小松菜食べんといてよ~~と虫に言っても、な~んにも状況は変わらずムシャムシャ食べられます。自分と家族のために小松菜を育てているのか虫に食べ物をあげているのかわからない時があります。
なんで畝の真ん中に巣作っちゃうのかな?とキジに聞いても「ケーーーン」しか言いません。
どうして畝の中を自由自在に穴を掘って不毛の地にしてしまうの?とモグラに聞いても姿さえ見せてくれません。
なぜ収穫一日前のスイカをペロッと平らげてしまうのかタヌキに聞いてもきょとんとしています。
しかし、彼らと付き合っていくことも自然農法の醍醐味だと私は感じています。
普段から野生に生きる生き物たちを虐げている人間なのですから、スイカの10個や畝の10本くらいで彼らを駆逐しようとは思いません。この小さな畑の中だけでも彼らに還元し、共存していきたいと心から思うのです。
自然界に逆らおうとするのも、生活を守るために自然を虐げようとするのも人間に備わった生存本能なのかもしれません。しかし行き過ぎた生存本能は自然を破壊するだけでなく、自分たちの子孫や未来を奪ってしまうことにつながりかねません。
だから私はスイカとトウモロコシをたくさん植え、小松菜をどっさり植えて、ほんの少しでも還元しようと生きているのです。
還元を試みて畑で過ごしていると、改めて自然の美しさに驚かされます。
最初の年にはいなかった山鳩が住み着いていたり、タヌキの家族が引っ越してきたり、毎年冬になると帰ってくるキジがいたり、生えている草が自然農法によって変化していき、住んでいる虫さえ入れ替わっていったりするのを見ていると、大地に生きるものは皆繋がっていて見事な連係プレーでこの自然界を創っているのだなと感じます。
自然農法を始めてみませんか?
いかがでしょう。
ノープランで行き当たりばったりな人生の私でもなんだかんだ続けている自然農法の畑、あなたにもできる気がしませんか?
生活に畑が溶け込めばそれは人生の一部となり、必ず耕すものを助けてくれると私は思っています。
もし縁があってよい畑を借りれそうならぜひ自然農法の畑を始めてみてください。
長文読んでいただきありがとうございました!

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